リスクと共存する暮らしはシェアで叶う
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土屋
石山さんは本当に多方面で活動されていますよね。主だった肩書きを拝見しますと、シェアリングエコノミー協会と Public Meets Innovation という2つの一般社団法人の代表理事とありますが、それぞれどのような活動をしているのでしょうか。
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石山
1つはシェアリングエコノミーの業界団体で、今で言えばライドシェアなどまだ整っていない法律の整備に働きかけたり、社会課題に対してシェアリングがビジネスだけにとどまらず政策も含めて解決できるよう支援や提言をするなど、シェアリングエコノミーの普及に向けたさまざまな活動をしています。もう1つの Public Meets Innovation はミレニアル世代のシンクタンク・コミュニティです。最近ルールメイキングと言われるようになりましたけど、あらゆる領域で社会が変わる中で、法律や政策に対して働きかける知識やスキルがどの領域においても求められるようになってきました。その手法を学べるルールメイキングスクールを運営したり、若い世代が政治や政策に対して広く議論できる場を作ったりしています。
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土屋
そうした活動をしながら、渋谷のシェアハウスの他に大分県豊後大野の農村に居を構え、2拠点生活をされている。豊後大野では農業をしているそうですね?
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石山
農業とまで言えるか分からないですけど。耕作放棄地になりかけのところを借りてお米を作ったり、畑で野菜を育てたりしています。
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土屋
私も実は大分に縁がありまして。住んではいないんですが、趣味の水上スキーの関係でもう20年近く通っているんですよ。
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石山
そうなんですね、すっかり関係人口じゃないですか。
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土屋
でも、豊後大野は知らなくて、それでこの対談があることが分かってから豊後大野に行ってみたんです! 山奥で本当にのんびりしたところですね。
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石山
山岳地帯の小さな集落で、“超”が付くほどの田舎(笑)。いいところですよ。
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土屋
石山さんの著書『多拠点ライフ』『シェアライフ』(いずれもクロスメディア・パブリッシング)を拝見しましたが、「なるほど」と思うところが本当に多くて。私もこれからの暮らし方や関わっていく社会について考えるようになりましたね。
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石山
今、時代が大きく変化する中で、豊かさのあり方が個人の生き方においても社会においても変わってきていると思うんです。何もないところから一生懸命働いて積み上げていく、ないしは大きな企業に属してそれが安定であるという価値観があり、社会では東京に人とお金、モノが全て集中して、大量生産・大量消費型の経済モデルで日本は豊かになってきた。しかし、今リスクと共存する時代においては、いつ地震が起こるか分からない、いつ新しい感染症がまた来るか分からない。そういう時代の中では「分散する」という思考が必要です。個人の生き方においては、暮らしも仕事も複数の選択肢を誰もが同時に持っている状態。社会においては、人とモノが地域に分散している状態。これがまさにシェアで叶うと思っているんです。東京で首都直下地震が起こったら、大分に家があるとか、さらに他の場所もあるとか。こうした暮らしをシェアしていくことでリスクと共存しなくてはいけない時代では、それが1つのセーフティネットになるんじゃないか、ないしはそれが持続可能な社会の作り方になるんじゃないかなと思っています。
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土屋
リスクを避けるのもそうですが、多拠点ライフをみんなが始めれば、純粋に暮らしや仕事の楽しみが広がって新たな豊かさを感じるようになり、個人の生産性も高まることで企業や地域にもプラスになりそうですよね。それが1つの新しいスタンダードになる予感がしています。
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土屋
さて、この「ASAKOミライ対談」第3回目のテーマは、ミライに向けた「広告と社会」です。ちなみに、これまで石山さんが印象に残っている広告ってどんなものがありますか?
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石山
なんでしょう、特に思い浮かばないんですが…。私は平成元年生まれで、この平成世代を象徴するものと言えばクーポンがありましたね。それまではマス広告がモノを買う動機付けをしていましたが、私たちの世代は「コスパ世代」とも言われ、モノを買う情報の選択肢が1つではなく、CM以外のところも見て、よりお得に買えるところを探して選んでいったんですね。
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土屋
商品やブランドを立体的に見るようになったということでしょうか。常に情報を調べて比較したりする習慣が染み付いている世代なんですかね。
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石山
そうです、もう常に調べますね。私たちの世代は、クーポンをはじめとして、いろんな情報からコスパがいいかどうかの判断をして消費行動をするようになった初めての世代かもしれません。
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土屋
クーポンから次はポイントになっていきましたね。デジタル社会が進んでポイントも取得しやすくなった。それまで若者中心に受け入れられていたものが、今や世代に関係なく社会全体がポイントと紐付いていますよね。
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石山
デジタルが出てきて、それでシェアリングエコノミーが出てきた。デジタル上でモノを買えたり交換できたり、やりとりが当たり前になっていったときに、「何を信用してモノを買うか」っていうことがシェアリングエコノミーの登場で180度変わってきたんじゃないかなと思います。今は名もなき一般の人が何のプロの資格がなくても、口コミだけで有名になって本を出版する人が出てきたりする時代です。例えば、家事代行のシェアリングでも、大手企業のようなマニュアル通りに誰が来ても同じ仕事になるよりも、その人ならではの家事のスタイルや向き合い方、人柄などが支持され口コミで広がったり。そういった企業が推しているものでもなければ、芸能人が推している広告と思われるようなものでもなく、サービスを利用した人の口コミによって“伝説の家政婦”みたいな人が有名になり信頼される社会になった。シェアの登場とシナジーが近いなと思っています。
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土屋
何を求めるか、何を信じるに足るとするか。自分と同じような境遇の中で共感し、憧れを抱く人が多いという事実に、やはり人の興味は向くのでしょうね。そうしてその家政婦さんのまわりがファン化し、彼女はカリスマになっていった。
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石山
私がシェアリングエコノミーを研究する中で参考にさせていただいているのが、作家でソーシャルイノベーターのレイチェル・ボッツマン氏の『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』(日経BP)という著書で、その中で「シェアの登場で信頼の概念が変わった」と言っているんですね。「第1の信頼」から「第3の信頼」へフェーズが変わっていると。例えば、ここにあるペットボトルの水がお醤油だとして。昔の「第1の信頼」は、このお醤油に毒が入ってないかどうかは、地域の顔見知りでいつもやりとりしている人からもらったものだから大丈夫だ、信頼できると。次に、資本主義が発展し経済圏が地域の内から外へ広がっていくと「第2の信頼」へ。このお醤油に毒がないかは、大企業のラベルが貼ってあるとか、国の基準に当てはまるとか、企業がお墨付きを与えてこれがいかに魅力的で安心して食べられることを示した。そこは広告会社がブランド形成に深く関与しているところですよね。
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土屋
現在、一般的に浸透していることですが、その信頼の概念が変わっていると?
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石山
「第3の信頼」は、デジタルが進みシェアが登場する社会では、このお醤油にラベルが貼っていなくても、国も企業も推していなくても、これを愛好し支持する100人の総数を信じることによって、このお醤油を買うかを決める。これがシェアリングエコノミーの信頼の形なんですよね。そうするとある意味、従来の広告がなくてもモノが売れてしまうわけです。
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土屋
今後シェアリングエコノミーが浸透した社会では、広告がどうシンクロできるのか。変わりつつある信頼のされ方を広告会社が主導できるのか。そこが確かに大きな課題です。