ウェルビーイング サステナビリティ ヘルスケア 2024.10.11
「いつも=もしも」: フェーズフリーで防災対策をアップデートする

目次
フェーズフリーって何?
「コスト」から「バリュー」への転換
フェーズフリーが女性を助ける
さいごに

日本は地震や台風など、さまざまな自然災害に見舞われる国です。最近は集中豪雨や線状降水帯の影響により、河川の氾濫や公共交通機関の麻痺など、私たちの生活に
さまざまな影響が生じています。今後も、身近な場で災害が発生する可能性があるからこそ、日頃から防災意識を高め、備えておくことが重要です。
今回は「フェーズフリー」という新しい防災の考え方について、一般社団法人フェーズフリー協会代表の佐藤唯行さんをお招きし、その理念や価値についてお話を伺いました。ASAKOメンバーと一緒にこれからの防災について考えていきます。

【参加者紹介】

  1. 佐藤 唯行
    一般社団法人フェーズフリー協会代表。「フェーズフリー」という価値の普及・啓発を通して、繰り返される災害への社会の脆弱性を減らし、被害に遭って苦しむ人を減らすことを目指している。
  2. 上田 睦子
    ASAKO経営戦略センタービジネス戦略チーム。2018年に40代、50代女性応援プロジェクトAging Gracefullyを立ち上げる。日本中のミドル女性が生きやすい世の中を目指して活動している。防災士。
  3. 吉川 さやか
    ASAKOアカウントエグゼクティブ。日本フェムテック協会認定資格2級取得。同じ価値観を持った人同士、企業間の垣根を超えて女性が輝ける新たな価値創造を追求している。
  4. 齊藤 雅之
    ASAKOアカウントエグゼクティブ。日本の働く女性を少しでも支援できるような取り組みを模索している。
  5. 中間 玖幸
    ASAKOビジネスディレクションチーム。
  6. 荒井 貴子
    ASAKO DXメディア本部新聞部。日本フェムテック協会認定資格2級取得。性別・年齢に関係なく、それぞれが尊重し合い、活躍できる社会の実現を目指している。

写真:(フェーズフリー商品 https://cf.phasefree.net/product/

フェーズフリーって何?

上田:最近、「フェーズフリー」という言葉をよく耳にしますが、具体的にどのようなものなのでしょうか?

佐藤:フェーズフリーとは、日常時と非常時の境界(フェーズ)をなくし、日常生活そのものが防災への備えとなるという考え方です。普段から使っているモノやサービスが非常時にも役立つことで、自然と備えができている状態をつくり出します。

上田:つまり、日常生活の延長に防災があるということですね。フェーズフリーの概念が広まることで、従来の「非常時に備えて防災グッズを用意する」という考え方も変わってきそうですね。

佐藤:その通りです。防災グッズは、災害時だけに役立つものがほとんどですが、フェーズフリーでは日常的に使えることが前提です。日常時と非常時の両方で価値を発揮するモノやサービスを提供することで、自然に災害への備えができるようになります。

上田:なるほど。具体的に、どのようなフェーズフリー製品があるのでしょうか?

佐藤:例えば、このエコバッグ(株式会社三和製作所)は超撥水加工が施されており、雨が降っても中身が濡れません。非常時にはバケツとしても使うことができる優れものです。また、こちらの「明治ほほえみらくらくミルク」(株式会社明治)は、常温のまま赤ちゃんに飲ませることができる液体ミルクです。粉ミルクのように、お湯で溶かして、人肌温度まで下げる調乳の作業は必要ありませんし、アタッチメントを使えば普段の哺乳瓶のように飲ませることができます。このように日常的に使える便利さと、非常時の備えが両立しているのがポイントです。

上田:それは便利ですね。他にも何かありますか?

佐藤:サンナップ株式会社の目盛り入り紙コップは、紙コップとして使用するだけでなく、計量カップとしても使うことができます。また、ユカイ工学株式会社が開発した会話ロボット「BOCCO」は、スマートフォンと連携し、離れて暮らす家族とのコミュニケーションをサポートします。高齢者の安否確認にも役立つので、日常の安心感が非常時の備えにもつながります。

上田:ここまでお話を伺って、フェーズフリー製品は普段から便利に使え、さらに災害の備えにもなることがよく分かりました。佐藤さんが考えるフェーズフリーの本質とは何でしょうか?

佐藤:私が皆さんにお伝えしたいのは、フェーズフリーの考え方が“日常の暮らし”に軸足を置いているということです。フェーズフリー製品は、便利さや楽しさ、うれしさ、カッコ良さ、お得感など、日常生活を豊かにする要素を持ちながら、非常時には私たちの生活や命を守るようにデザインされています。つまり、日常の豊かさやウェルビーイングの延長線上に、もしもの時の備えがあるというのがフェーズフリーの本質なのです。

「コスト」から「バリュー」への転換

フェーズフリーの考え方は、従来の「非常時に備えて防災グッズを用意する」という防災対策から大きく転換したものです。また、普段から食品や加工品を少し多めに購入し、消費した分を補充することで家庭内に常に一定量の食品を備蓄する「ローリングストック」の発想からも、さらに進化した考え方といえます。

上田:皆さんは災害に備えて何か用意していますか?

斉藤:私は家に水を準備しています。ただ、1人あたり飲料用と調理用に1日3リットルの水が必要だと分かっていても、実際にはそんなに多くは用意できていません。

吉川:私の夫は慎重な性格なので、スマートフォンを充電するためのポータブルバッテリーやカップ麺、水、お茶などいろいろそろえています。それから、ビールもあります。

上田:佐藤さんは何を用意していますか?

佐藤:フェーズフリーの活動をしていると、「災害に備えて何を用意すべきか」という質問をよく受けます。ですが、食料や衣類など必要なものは尽きませんし、人間にとっては娯楽ですら必要です。だからこそ、急に訪れる非常時に向けて、ありとあらゆるものを備えておくことが重要です。

上田:そこで、フェーズフリーの考えが重要になってくるんですね。

佐藤:そうなんです。従来の災害対策は「コスト」として捉えられていました。つまり、普段は使わないものにコストをかけて備えるという考え方です。しかし、人間はコストを抑えたがる性質があるため、結果として最低限の備えしかできないのが現実です。一方、フェーズフリーは「バリュー」を提供します。普段から使える、しかも欲しくなるようなものを提案することで、自然と災害に備えられるのです。
例えば、防災無線を無料で提供している自治体があるのをご存知でしょうか? 無料だからといって普及が進んでいると思われがちですが、実際にはあまり普及していません。その理由の一つとして、受信機の設置時に壁に穴を開ける必要があることが挙げられます。こういった工事は「コスト」として捉えられ、結果として災害対策の普及が難しくなっているのです。

上田:確かに、ローリングストックとして乾パンを買っておいても、おいしくないので普段から食べたいとはなかなか思いません。むしろ、消費期限が切れそうだから仕方なく食べることが多いです。

佐藤:おそらく、そういう人が多いでしょう。では、フェーズフリーな食事について考えてみましょう。災害時に一番困るのは冷蔵庫が使えなくなることです。なので、冷蔵庫に入れておかなくていい食材で料理をする必要があります。スーパーを見回してみると、常温保存が可能な野菜などが意外と多いことに気付くでしょう。そうした食材を普段から多めに取り入れることで、冷蔵庫に頼らずに済み、さらに電気代の節約にもつながります。例えば、キャベツと塩昆布を和えただけの簡単な料理は冷蔵庫を必要としませんし、手間もかからず、おいしいのでおすすめです。

中間:なるほど。料理の手間を省くのもフェーズフリーなんですね。

荒井:以前、炊飯器が壊れた時に、土鍋でご飯を炊いてみたら、とてもおいしかったことがあります。

佐藤:それもフェーズフリーです。土鍋で炊いたご飯はおいしい上に時短にもなります。また、カセットコンロでも炊けるので、災害時にも役立ちます。同様に、キャンプ用品やアウトドア用品も普段の生活に取り入れることができ、災害時にも大変便利です。フェーズフリーの考え方は、単に暮らしを便利にするだけでなく、気付きの連鎖を生み出すのです。

フェーズフリーが女性を助ける

吉川:実は私、阪神・淡路大震災を経験しているんです。当時、高校1年生で、和室で母と一緒に寝ていました。タンスが倒れてきたのですが、冬だったため分厚い布団をかぶっていて無事でした。

佐藤:阪神・淡路大震災では、亡くなった方の83.9%が建物の倒壊などによる圧死でした。また、亡くなった方の多くは20歳~24歳の若者と、70代前後の高齢者だったという調査結果もあります。若者は安全な住宅に住むための経済的余裕がないことが多く、高齢者は古い家に住んでいる傾向があるため、こうした年齢層での死者が多かったと考えられます。

吉川:学校に通えるようになったのは2カ月後でした。電車の復旧には時間がかかりましたが、バスは比較的早く運行を再開した記憶があります。避難先ではダンボールの仕切りがありましたが、大きさが足りずプライバシーはありませんでした。そのため、着替えには苦労しました。当時は今のようにパッと着替えられるような多機能服もありませんでした。

中間:プライベートスペースがないと、気持ちが休まりませんよね。

佐藤:特に女性にとって、避難所での問題は多いです。東日本大震災や熊本地震でも、災害関連死の多くが女性でした。避難所で体調を崩し、脱水症状や血流悪化、エコノミークラス症候群にかかる方もいました。さらに、トイレの混雑や性被害のリスクを避けるために水分補給を控える人も少なくありません。雑魚寝状態ではプライバシーが確保されず、下着を干すことすら恥ずかしくてできないのです。

上田:最近では、パッケージも含めてすべてトイレに流せる生理用品や、かぶれにくいコットンの下着も登場しています。下着デザインもシンプルで、干しても目立ちにくく心配が少ないですね。

吉川:阪神・淡路大震災の時、水を使わなくていいシャンプーが注目を浴びました。女性はヒールを履いていることもあるので避難するのに大変ですが今はヒールがフラットシューズになる靴もあり便利になりました。

上田:避難所では、男性が生理用品を1個ずつ手渡していたという話を聞いたことがあります。

吉川:えー。絶対足りないのに。

佐藤:公的支援は平等性を重視します。また、限られた物資で効率的にエネルギーを供給するため、食事には炭水化物が多く配られます。しかし、これは「コスト」として考えているからこそ起こることです。

斉藤:災害とか緊急時は、どうしても奪い合いのサバイバル状態になるイメージがあります。

佐藤:確かに私たちは利己的な側面があります。しかし、今後発生が予想される首都直下地震は、これまでの災害とは状況が異なります。行政では避難所のキャパシティが不足するため、在宅避難を推奨しています。このような背景からも、個々で対応できるようにするための準備が必要です。
非常時には、普段から家事をしていない男性が何もできずにいることがよくあり、女性の負担が増してしまいます。つまり、日常生活において、育児や家事といった負担を分担することが不可欠です。そのためには、男性も家庭内で積極的に家事を行うライフスタイルを取り入れる必要があります。
こうした家事労働の負担を減らし、男性の家事への参加を促すためにも、フェーズフリー製品は役立ちます。例えば、先ほど紹介した「明治ほほえみらくらくミルク」は、熊本地震の後、備蓄品として広まりました。
それまでは災害時の備蓄品として普及しにくかったのですが、この製品は日常生活の家事や育児の負担を軽減していますし、男性や高齢者でも簡単に使用できるようにデザインされています。今では乳幼児ミルク市場で30%のシェアを獲得しています。
赤ちゃんの環境をいつもと同じにする「明治ほほえみらくらくミルク」は乳幼児向け製品としてフェーズフリー認証を取得しています。

さいごに

フェーズフリーというキーワードは、電通が発表した「今話題のマーケティングトレンドワード5: 2023年8月」でも取り上げられ、また矢野経済研究所のレポートでも注目されています。ビジネスとしても関心が高まる中、一般社団法人フェーズフリー協会が主催する「フェーズフリーアワード」は今年で4回目を迎え、フェーズフリー製品・サービスやアイデアが評価される場として盛り上がりを見せています。

上田:佐藤さんが代表を務める一般社団法人フェーズフリー協会では、フェーズフリー製品の認証も行っているんですよね。

佐藤:はい、現在までに98(2024年9/1現在)の製品・サービスが認証されています。

上田:申請はたくさんあるようですが、認証を取得しているものはまだ少ないですね。

佐藤:そうですね。認証の基準として、製品やサービスが災害時に役立つことはもちろん、普段の生活に密着し、日常を豊かにするものである必要があります。そのため、日常生活で利用したいと思えない製品やサービスは認証に当てはまりません。

上田:フェーズフリーの考え方が広まり、参入する企業や団体がさらに増えると良いですね。それでは、最後に一言お願いします。

佐藤:従来の「コスト」をかける防災対策は、非常時に投資できる余裕がある層を対象にしているため、多くの人を助けるには限界があります。だからこそ、日常生活に根差し、全員が参加できるフェーズフリーの考え方が広がることを願っています。災害で苦しむ人々を減らすためには、今を精いっぱい脆弱な人々に手を差し伸べることが必要です。これまでの防災対策はサステナブルではありませんでしたが、フェーズフリーを日常生活に取り入れることで、予測できない災害に備えることができます。ぜひ、フェーズフリーを生活に取り入れてみてください。世の中がフェーズフリーになれば、皆さんの日常がさらに豊かになると信じています。

  1. 所属等は執筆当時のもので、現在とは異なる場合があります。
  2. また記事中の技術、手法等については、今後の技術の進展、外部環境の変化等によっては、実情と合致しない場合があります。
  3. 各記事における最新の動向につきましては、当社までぜひお問い合わせください。

著者プロフィール

【転載・引用について】

本記事・調査の著作権は、株式会社朝日広告社が保有します。
転載・引用の際は出典を明記ください 。
「出典:朝日広告社「アスノミカタ」●年●月●日公開記事」

※転載・引用に際し、以下の行為を禁止いたします。

  1. 内容の一部または全部の改変
  2. 内容の一部または全部の販売・出版
  3. 公序良俗に反する利用や違法行為につながる利用
PAGE TOP