ブランディング プロモーション クリエイティブ IP活用 2024.11.08
中身がないと次はない。講談社エディター歴30年超の集大成、C-stationにおける前田流クリエイティブ習慣とは?

ASAKO若手営業とともにマーケティングアジェンダ東京2023登壇に臨む前田氏。ロゴの「C-station Biz」は、講談社とASAKOがタッグを組み、企業や自治体の課題解決を支援するビジネスユニット。おそろいのロゴ入りTシャツがお似合いです。
目次
今でこそ盛況のC-stationだが、立ち上げて1、2年はなかなか成果が上がらなかった
前田を救ったクリエイティブ習慣「中身がないと次はない」はいかにして育まれたか?
雑誌編集でも、C-stationでも、中身のあるコンテンツを生み続けるための原点は「おもしろくて、ためになる」。

今でこそ盛況のC-stationだが、立ち上げて1、2年はなかなか成果が上がらなかった

講談社C-station ―「出版の再発明」と銘打った講談社デジタルシフト戦略で、2017年に立ち上げられたオウンドサイト。マンガをはじめとした講談社アセットを企業、自治体などの課題解決に活用するマーケティング情報コンシェルジュサイトを目指している。 https://c.kodansha.net/

―C-stationチーフエディター前田亮(60)の朝は遅い。女性誌編集者時代からの習慣が抜けず遅くまで会社に残ることが多いため、床に就くのはだいたい深夜2時、起床は9時過ぎだ。西東京市の自宅には妻と暮らす。2人の息子が独立する前は家族優先のスケジュールだったが、今は早起きの妻に気兼ねせず、しっかりと睡眠をとることにしている。朝は食べず、乗り換えのターミナル駅でお気に入りの立ち食いそばに立ち寄る。かき揚げうどんが至福のブランチだ。仕事は会社でやると決めているので、ほぼ毎日出勤する。
C-station立ち上げ時は記事の手配から社内調整までなんでも一人でやっていたが、2024年11月に定年を迎えることもあり、今はチーム員それぞれの個性を生かしてセクションとして強くすることに気を配る。編集者時代から作業が一段落した際のタバコはやめられない。ピアニッシモ・アリア・メンソールを3日で2箱。喫煙場でのなにげない話からアイデアを思いつくことも多い。
2017年C-station初代チーフエディターに抜擢された時は「何をやれるのだろう?という楽しみと戸惑いとが半々でした」。まったく新しい形のB2Bビジネス。社内に先例はなく、ライバル会社を見回しても参考にできるようなサイトはなかった。大手出版社としては先駆的な取り組みだった分、課題も多かった。まず講談社が抱えるアセットが膨大だ。30,000点を超えるマンガコンテンツ、30以上の雑誌メディア、SDGs関連事業などを活用して企業向けのコンテンツを作り、集客もしなければならない。記事、資料、動画、ウェビナーと手探りでコンテンツ作りに励むが、同時に裏側の問い合わせフォーム作りから、取れたリードのさばき方、営業部門への橋渡しなど仕組み作りにも奔走した。いわば、オウンドサイトを活用したインサイドセールス立ち上げにほぼ一人で着手し始めたわけだが、前田をもっとも悩ませたのは、ターゲットの見えにくさだったという。「女性誌編集時代の読者像は明快でしたよ。どこにボールを向けて投げているかがはっきりしていました」。ネットによる手探りの情報発信の先にいるのは、マーケッターなのか経営者なのか20代なのか50代なのか。雲をつかむような感覚がC-stationを前に進めていく足かせになった。

前田を救ったクリエイティブ習慣「中身がないと次はない」はいかにして育まれたか?

※前田亮 山形県酒田市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、1986年講談社に入社。女性誌部門に配属され、「with」「Grazia」「MINE」など複数のメディアで、長く女性誌編集に携わる。2009年からwith編集長を務めたのち、2012年デジタル部門に異動。電子雑誌の草創期に業務フローの整えに参画。その後、管理部門を経て2017年、メディア部門に異動。現在はライツ・メディアビジネス本部メディアプラットフォーム部に在籍し、「C-station」「講談社SDGs by C-station」「マンガIPサーチ by C-station」など複数のBtoBメディアのチーフエディターとしてサイトを運営している。

―前田の講談社入社は1986年、男女雇用機会均等法施行の年だ。同期23名のうち女子は4名。第一志望は「Hot-Dog PRESS」などの情報誌編集部だったが、第二志望の女性誌部署、with編集部に配属された。そこから「SOPHIA」「Grazia」「MINE」「ViVi」と48歳まで女性誌編集畑を歩む。「最初の配属だったので、もっとも愛着があります」と言う「with」は1981年創刊。“Culture Magazine for Your Life”という創刊時キャッチフレーズが表すように、ファッションや美容だけではなくライフスタイル全般の提案に特色があった。バブル最盛期の1990年頃には70万部超、前田が編集長を務めた2010年頃でも45万部に達する発行部数を誇った。「『MORE』(集英社)とはいいライバル関係としてしのぎを削っていました」。見る「MORE」に対して、読む「with」という世評。少なくとも「MORE」よりも情報量は多くを心掛けたという。束ねるスタッフは15名ほどの編集者のほか、ライター、カメラマン、スタイリスト、ヘアメイクなど総勢 50~60名。総合的に女子が興味を持ちそうな記事が一冊に詰まっていた。1年で100万円貯めた人など実用ネタや笑い話的な読み物、マリー・アントワネットや春日局の生涯などカルチャー色の強い記事、メインとなるコーディネートや着まわしといったファッション記事、メイクやスキンケアなどの美容記事、ダイエット記事や著名人のインタビュー記事。「あくまで当時の僕の中での仮想ターゲットですが」と前置きしながら、今よりも初婚年齢が早く、結婚を意識した20代半ばの独身女性を標的にボールを投げ続けた。前田が編集長を務めたのは延べ3年、その間に36冊の『with』を世に送り出す。
「中身がないと次はない」という感覚は、毎月の発刊と読者アンケート分析の繰り返しの中で自然に生まれてきたという。アンケートの内容は、雑誌を買うきっかけになった企画3つと読んで良かった企画3つ、そして最も重視したフリーアンサー欄に書き込まれる生の声。そこには企画への率直な意見があり、消費傾向のトレンドも垣間見えた。例えばニーズの移り変わりが早いダイエット記事なら、バナナダイエット、骨盤ダイエット、糖質オフダイエットなど次々に世に送り出すうちに、アンケートの声から手法の紹介ではなく実際にダイエットに成功した女性の事例紹介のほうが好評だということに気が付いた。さらに前田は過去10年に遡ってアンケート結果を見直し、記事のどんなタイトルに対して読者がどう反応するかをつぶさに洗い出す。「最終的にすべての記事タイトルは自分で付けていました」。この作業は後に同僚から「前田さん、『1人マーケティング』をやっていたのですね」と評されたが、「正直、当時はマーケティングという概念を正確には知りませんでした」と明かす。毎号フィードバックされる声と、過去からの声の集積。この貴重なデータを独自に分析し、読者の求める企画を発信し続ける。こうして前田のクリエイティブ習慣「中身がないと次はない」は磨かれていった。

雑誌編集でも、C-stationでも、中身のあるコンテンツを生み続けるための原点は「おもしろくて、ためになる」。

講談社の社員手帳にある、初代社長・野間清治の言葉。ここに記載している「面白くて、為になる」のほかにも、「雨の日、風の日、訪問日和」「会議中の沈黙は罪悪だ」など、2024年時点でも通用する重要な示唆を与えるさまざまな言葉が記載されている。

―講談社初のオウンドサイトC-stationの立ち上げ当初こそ、ターゲットの見えにくさに戸惑った前田だったが、今は「C-station の読者が求めているのは、記事や資料をご自身のビジネスに取り込めるかどうか、応用できるかどうかです」と割り切る。それは裏を返せば、すべてのビジネスパーソンを見込み客、ターゲットと捉え「コンテンツを最初のフックにしてどれだけC-station経由のホットリードを営業に渡せるかどうかが勝負です」ということだ。このサイトに来る人は何を求めているのだろう?から始まった7年の試行錯誤は、講談社デジタルシフトにおけるB2Bビジネスの在り方を模索した日々だった。「PV、UU的なサイトパフォーマンスや読まれた記事の順位はツールで分かりますが、それよりも問い合わせ詳細に書き込まれる企業ユーザーの生の声1件1件が参考になります」。推しマンガカタログやキャラクターコラボ事例、SDGs先進企業事例など、ダウンロードが集中する人気企画は、読者の声を丹念に聞き、次の発信に生かし、また声を聞くという堅実なPDCAから生み出されてきた。そこには、かつて女性誌で獲得したクリエイティブ習慣「中身がないと次はない」が生きている。
最後に、前田が「講談社が講談社でありつづけるための原点」と言う「おもしろくて、ためになる」ついて。講談社ブランドストーリーにはこう紹介されている。
1916(大正5)雑誌「面白倶楽部」創刊。「発刊の辞」にこんな言葉が。「面白い。――これは天上の星。為になる。――これは地中の塩。」(野間清治)この「おもしろくて、ためになる」というキャッチフレーズは、今に至るまで講談社の一貫した編集方針となっている。
今、企業の存在意義=パーパスの策定が盛んだ。講談社も英語版パーパスにInspire Impossible Stories.を掲げ「おもしろくて、ためになる」を世界に届けるとしている。しかしこの100年以上前に作られた言葉が秀逸なのは、前田が「いつも自分の中心にドーンとあります」と言うように、企業の存在意義でありながら、社員一人一人の日々のコンテンツ制作指針として極めて分かりやすい点だろう。どんなに小さい記事、コンテンツでも「中身がないと次はない」、すなわち「おもしろくて、ためになる」が宿っていなければ、次はないのだ。

―前田さん、ありがとうございました。
かつて人気の女性誌編集長だった前田さんが、自社の集客サイトC-station立ち上げという畑違いの試みにどう対応されたのかという点に、筆者(小沼)の興味はありました。お話を伺う中で「中身がないと次はない」というクリエイティブ習慣だけでなく、それを育んだ編集長という役割や、月刊という定時発信性、アンケートによるニーズ解析などオーソドックスな出版界のシステムが、実はデジタルマーケティングの成功にもつながる手法であることに改めて気づかされました。皆様の参考になれば幸いです。

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著者プロフィール

プロフェッショナルズIMC担当執行役員、エグゼクティブプロフェッショナル小沼 恭司(おぬま きょうじ)

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