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2023.02.10
実家の裁判沙汰をメタ視点で映画化した、麻王監督のクリエイティブ習慣‘デッサン思考‘とは?
実家を訴えたA家のお父さんの日記に書かれていたこと
日本のとある郊外の団地。同じ集合住宅に住むA家とB家。ある日、A家は階下に住むB家からのタバコの煙害によって「化学物質過敏症 / Multiple Chemical Sensitivity (MCS)」を発症したとして、B家を相手に4500万円の損害賠償を求める裁判を始める。「横浜・副流煙裁判」と呼ばれたこの実在の裁判は、やがて日本におけるタバコ裁判において大きな問題として社会的に取り上げられるようになる。本作は、その過程で裁判資料として公に提出された“A家A夫の記した4年に渡る日記”からヒントを得て制作された、事実を基にしたフィクション映画である。監督は麻王。本作は長編デビュー作であり、B家の息子でありながら、両者の関係をフラットな想いで見つめようとする。原告家族「A家」と、被告「B家」。それぞれの家族を通して、「化学物質過敏症」が引き起こす様々な問題や分断を描く。なお、裁判は「B家」の全面勝訴で結審している。
―初の長編映画はまさかの社会派作品でしたね。普段の監督のイメージとはだいぶギャップがありました。
麻王) はい。僕の実家が訴えられた実際の裁判である「横浜・副流煙裁判」を基にしたフィクションドラマです。「化学物質過敏症」が引き起こす問題をテーマにした社会派の作品になってます。なに笑ってるんですか?今日はまじめに語らせていただきますよ( ´∀` ) 。
僕はこのテーマをなるべく客観的に、「実家の災難」という認識バイアスから離れた視点で描きたいと思っていたんですが、最初はなかなか取っ掛かりがつかめませんでした。ある時、裁判資料として提出された相手方(A家)のお父さんの4年間の日記を読んだんですね。そこには彼らの壮絶な苦しみと、孤独や悲しみ、怒り、家族の愛といった、主観のストーリーが展開されていたんです。ある意味豊かなドラマ性をもって。僕はこのA家主観のドラマを大事にしながら、一方で僕の実家(B家)の主観も視野に入れて、なるべく客観的に、たんねんにデッサンしてみたいと思いました。片方に肩入れすることなく、事の顛末を見つめ、A家とB家それぞれの主観を通して、「化学物質過敏症」が引き起こした問題を総体的に捉えてみたいと思ったんです。
シナリオ作りには、約半年かかりました。ディティールを描きこみ、俯瞰して眺め、また細部と格闘する日々は、僕にとってはまさに美大(麻王監督は東京藝術大学美術学部デザイン科卒)からずっと続けているデッサンと同じ感覚でした。デッサンって客観を求めていくものなんですが、最終的にはそれだけでは終われないということも分かりました。いくら客観を求めていっても、やはり自分自身の主観からは逃れられない。A家とB家そして僕自身の主観がどうなのかも問い続けながらデッサンを重ね、撮影、編集含めて2年かけて完成しました。
もちろん家族には見てもらいましたよ。父ちゃんはなかなか点数が辛くって、妹は興味なし… 僕の家族ってそんな感じなんです。ただ母ちゃん(筆者注:映画ではMEGUMIさんが演じています)が「癒された」と言ってくれたのにはほっとしましたね。公開に当たっては、なにしろ資金不足でクラウドファンディングを立ち上げて、多くの方にご支援いただきました。本当にありがたいです。一人でも多くの方に「化学物質過敏症」に関しての認知が広がり、社会課題として広く議論されることを願っています。
メタ視点のクリエイティブ習慣‘デッサン思考’はいかにして誕生したか
―映画を「家族の受難劇」ではなく、化学物質過敏症をめぐる「社会への問題提起」として描いた背景には監督の‘デッサン思考’があるようですね。その成り立ちを教えて下さい。
麻王) ‘デッサン思考’っていいですね。その呼び方いただきます( ´∀` ) 。この思考のスタートは、美術予備校でのデッサン訓練ですね。当時僕は18歳、芸大志望の浪人生でした。物を見て、見たままと同じになるように描き(まあ、やってみればわかりますが描けません)、何度も何度も画と物を見比べ続け、修正し続ける。講評会で、他者が描いた視点と自分の視点を見比べて、さらに修正を重ねる。ひたすら見比べて、気づきを得ていくことが大事でした。そして、そのやりとりの中で、自分のものの見方の長所や、足りていない短所を見つけ、長所を伸ばし、短所を補っていく。そんな経験の繰り返しが、今の監督、映像ディレクター業にまでつながっている気がします。
思えば僕の場合、熱意やパッションというものがもともと薄かった子だったんです。でも、ある時予備校の講師の方がデモンストレーションで石膏像のデッサンをしてくれたんですが、まあ〜〜〜〜感動したんですよね。光の当たり方、影の落ち方に。質感に。大きさと形の流れに。その、ものが存在していることに。ここにただポンと石膏像があるだけなのに、講師の方のデッサンによって、ここまで感動できるのかと大変驚きまして。ここまで熱意と熱量が引き出せるのかと。
そうして、なんとなくその講師の方の気持ちになって自分でやってみると、感動できたんですよね。で、ああ、自分の中にこんな感覚があったんだ、と。そこで初めて、自分の中に<理解>はそれなりにあったけど、<感受>が足りなかったんだなと気付かされました。もっと言えば、その理解と感受が混ざり合った視点の先に、ただ存在がそこにあることへの「熱量」と「感動」がある、ということに気づきまして。そのデッサンに感化されて以来、僕の「デッサン思考」が始まったと思います。
‘デッサン思考’を極めれば…ゴッホにはなれないがピカソにはなれる?
―当コラムのテーマは、才能ではなく習慣によるクリエイティブ力の向上です。‘デッサン思考’は一般的なビジネスパーソンでも活用できるでしょうか?
麻王) それで言うと、ゴッホとピカソの比較がわかりやすいと思うんです。ゴッホは主観まみれの天才で真似のしようがないんですが、ピカソは僕の言う’デッサン思考‘の実践者で、客観的に自分をマネジメントした人だと思います。誰でもピカソになれる、というのは言い過ぎですが、自分らしいクリエイティブ習慣を身に着け、進化させる努力は誰もが真似できるんじゃないでしょうか。
ピカソは生涯で約15万点もの作品を残してますが、幼少期からめちゃめちゃデッサンが上手く、年代に沿って見ていくデッサンで思考している様子がリアルに伝わってきます。そして彼の巨匠たる所以は客観的に「あえて打破して崩していく」ことを死ぬまで実践した点です。
クリエイターとしてものづくりをしていくためには、表現をコントロール出来るようになることが大切です。まずバランスを重視した表現を定着させたら、その上で秩序を「意図的に破壊する」ことが必須です。なんとなく崩れちゃうのではなくて、崩す部分を意図的に崩す。秩序立てるところと、崩すところのバランスを調節しながら、その崩し具合を追求する。実践的な’デッサン思考‘ですね。その繰り返しで表現をコントロールしていけるようになり、自分の思う方向へディレクションが出来るようになります。
僕にとってデッサンは視覚情報をベースに、世界の成り立ちを見つめ、物事への自身の認識を研磨し、表現する行為です。ポイントなのは、デッサンは表現技術の上手い下手が大事なのではなく、あくまで自己の認識がどうであるか、に主眼があるということです。これを突き詰めていけば、今自分が見えている世界を起点にして、なぜこの世界はこう見えている? なぜこの世界はこう成り立っている? 生きるとは? 宇宙とは?… というところへも、物事への認識が広がっていくことになります。もう、生き方そのものなのですよね。極端に言うとこれをやめるときは死ぬ時だと思っています。
―麻王監督ありがとうございました。‘デッサン思考’を皆様のクリエイティブ習慣に取り入れていただければ幸いです。
いかがでしたか? デッサンというアウトプット(=仮説)を幾度となく重ねることで自己の認識を客観的に高めていく‘デッサン思考’。筆者は、絵画や映像だけでなくあらゆるコンテンツの質を高めるクリエイティブ習慣として使えるなと感じました。
それにしても、実家の裁判沙汰という「素材」をデッサンの対象として徹底的に見つめ、映画として世に問う実行力に監督の非凡なパワーを感じます。しかし、ご自分で述懐されたように‘デッサン思考’が生き方そのものであるならば、家族が巻き込まれた生々しい事件こそ、監督にとって客観的に検証し描かざるを得ないテーマだったのかもしれません。
人は信じたいことをなんとしてでも信じたがる。人は信じたくないことに目をつぶる。自分だけは例外だと考えたがる。そして、それに気がつかない。
麻王監督はきっと「なにがなんでも家族の味方」という、生理的で妄信的なバイアスに陥りたくなかったのでしょう。そして、もともとご自分の中で培った‘デッサン思考’で事件を見つめることで、ご自分と家族、そして訴えたA家のご家族までもが納得しうる、何らかの答えを探したかったのではないかと思います。映画[窓] MADOのキャッチコピーは「真実は、視えますか?」。是非、皆様にもご視聴をお勧めいたします。
※引用:ジュリア・ガレフ著・児島修訳(2022)/『マッピング思考』(東洋経済新報社)より
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著者プロフィール
プロフェッショナルズIMC担当執行役員、エグゼクティブプロフェッショナル小沼 恭司(おぬま きょうじ)
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